一体いつから、今の日本は本音が言えなくなったのでしょうか?
中坊進二が考えるに、
太平洋戦争に負けて外国の文化を取り入れるようになったからだと考えます。
「本音を言うのは禁止」という外国の文化が発祥したのは、
近代の欧米あたりだと中坊進二は考えます。

western

順を追って説明します。
正確な年代は不明ですが、貴族制度が廃止されても、
一部の庶民が貴族に代わってお金持ちになります。
ただし、そうしたお金持ちは貴族と違って傲慢な考え方を持たず、
キリスト教の精神に則って寄付をするようになりました。
そしてそうした施しを行うことを「気持ち良い」と感じるようになり、
寄付や慈善活動、チャリティー、ボランティアは世界的に浸透していきました。
少なくとも中坊進二はそう感じています。

人間というのはどこまで行っても
自分本位な生き物なのだと中坊進二は思っています。
「情けは人の為ならず」は本当に的を射た言葉です。
そしてそれらの文化は、戦後になって日本にも入ってきました。
この寄付ですが、根底にあるのは「弱きを助ける」ということになります。
言い換えれば、「弱者を見捨てない」になります。
それによって「如何なる場合に於いても、全人類を常に平等に扱え」
という文化が染みついたのです。

fare

そしてそれは「強者」を相手にする場合にも言えると中坊進二は考えます。
「アナタは強すぎる。だから手加減しなさい」
というのを公然の常識として扱うようになったのです。
天性の才能で身に付いた強さでしたら非難したくなる気持ちは分かりますが、
恐ろしいことにそれは「努力で身に付けた強さ」も同様に非難するのです。
アメリカの高校女子バスケチームが本気を出し過ぎたせいで、
監督が二試合謹慎を食らったのを、中坊進二は今でも納得がいっていません。

basket

そして上記の「強者」の例で問題視されているのが、学歴フィルターです。
「僕は東大に入るだけの努力をしてきた。だから優遇して」というのを、
何故か今の社会は認めていないのです。
これはかなり不思議だと中坊進二は考えています。
学歴フィルターに悪感情を持つ方がかなり居ますが、
その人たちは努力を否定するということなのでしょうか?
それとも、早慶やマーチはコネと金で入れると思っているのでしょうか?
少なくとも「強者を認める」ということを今の日本社会は受け付けていません。
それゆえ、大企業の多くは、こっそり学歴フィルターをしています。
そして、その事実を就活生に伝えられないジレンマに陥っているのです。

filter

こうした本音を言えないことが横行しているからこそ、自分のレベルを見誤ったり、
勘違いしたりしている方が続出しているのだと中坊進二は考えます。
就職支援課が言うのはアウトですが、就活生本人が
「今の私はどのレベルの企業に挑戦して大丈夫ですか?」と聞いた方が良いでしょう。
余談ですが、リクナビに載っている時点で「大企業」に分類されます。
リクナビ・マイナビを使って内定を勝ち取れないのは、そういった理由になります。